彼女の手が、好きだった。



空ニ



書類にペンを走らせながら、ふと窓の外を見やる。
かすかに笑い声が聞こえるなと思ったら、そこには彼女がいた。
子供と一緒に、まるで自分も子供であるかのようにはしゃぐ彼女に、思わず顔が綻んだ。
見れば、紙飛行機を作って飛ばしているようだが、なかなか上手く行ってないらしい。奇妙な方向に飛んでしまうそれを追いかけて伸ばされる手に、僕は彼女とはじめて会った時のことを思い出した。



「ドクター。ちょっとコイツ、診てやってよ」
「ああ、グレイか。どうしたんだ?」
「それがさー、こんなに傷だらけなのに……オイ逃げるな!」

ある春の日、鍛冶屋の見習いであるグレイが連れて来たのは、華奢な女の子だった。
見慣れない人間に、首を傾げる。

「えーと…グレイの従兄弟か何かか?」
「はぁ?こいつ引っ越してきたの、半月も前……ってクレア、お前まさか、ドクターと初対面?」
「いやあの、病院嫌いで……その」

口篭る彼女の、それが初めて聞いた声。
だからって放っとくな!と、グレイの怒鳴る声。

「ええと、じゃあ君は……?」
「半月くらい前に、牧場に引っ越してきました。クレアです」
「ああ、そういえば、エリィから話は聞いていた……気はする」

だが、何分滅多に外に出ない上、あまり他人に関心のない僕は、そのことすらすっかり忘れていた。
しかし、こんな華奢な女の子が一人で牧場経営とは。
呆れたように溜息をつくグレイが、彼女の腕を僕の方へ引っ張る。
乱暴そうな仕草だが、その力は以外にも優しかった。

「とにかくドクター、診てやってくれ」
「ああ、分かった」

渋々彼女が差し出した両手両腕は、豆だらけ痣だらけ傷だらけの、それは酷いものだった。
慣れない作業に傷ついたその手は、けれど。

「……ドクター?どうかしましたか?」
「君は、一生懸命だったんだね。それほど今の仕事が好きかい?」

気付けば、そう言っていた。
彼女は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔になる。そして、「はい!」と元気に頷いた。
こちらも自然に笑いが零れた。

「頑張るのもいいが、ここまで傷を作れば後々支障が出る。たまにはちゃんと休憩して、無茶はしないこと。とりあえず薬を出しておくから、しばらくは薄手の手袋をして……」
「止めないんですか?」
「え?」

突然の彼女の言葉に、今度は僕がきょとんとする。

「牧場やめろって言われるかと思って、私それで病院に来るの怖くて……」
「そうだったのか。けれど、大丈夫だよ。ちゃんとしていれば、止める程のものでもない」
「ありがとうございます」
「お礼を言うなら、君の丈夫さと」

ちらりと、後ろで手持ち無沙汰になっているグレイを見る。
彼女がその視線に合わせて後ろを向いた。綺麗な金色の長い髪。

「ああやって心配してくれる彼に言うといい」

僕の言葉に、彼女はまた僕に向かって、嬉しそうに大きく頷く。
後ろで照れくさそうに視線を床に向ける彼が面白くて、笑ってしまった。



あれから数年。
聞けば、牧場は見事に立派になり、彼女自身にも余裕が出来たのだろう。診察の度に差し出される手は、少しずつ、少しずつ傷が減り、普通の女の子のそれに近づいていった。
傷がすべて無くなったわけではない。けれど。

白紙のカルテを一枚取る。
どうだっただろう?昔の記憶を辿りながら、丁寧に飛行機の形を作っていった。
開かれた窓から、すうとそれを飛ばす。
白い飛行機は青を舞い、青を通り抜けた。

彼女がそれに気付いて上を見上げる。僕と目が合うと、あの時のように屈託無く笑った。
そして、その傷だらけの手を振る。


彼女の手が、好きだった。

空に伸ばされた手の薬指に、あの少年が送った銀色の指輪が光る。
小さなそれは、太陽に反射してきらきらと輝く。

あの日、嫌がる彼女を無理矢理引き摺ってくるほどに、その頃からずっと少年は彼女を想っていた。だから、きっと幸せにするのだろう。
ほら、現に幸せそうに笑っているだろう?


彼女の手が、好きだった。
傷だらけでも、泥だらけでも、ただひたすらに一生懸命な。


僕を呼ぶ、彼女の声がする。
白い飛行機が、彼女の足元に落ちた。僕はそれを見て、軽く手を振り返す。
そうして、否応にでも気付いてしまうのだ。


傷だらけでも、泥だらけでも、ただひたすらに一生懸命な。
彼女の手が。
そう。



彼女が。




お題【紙ひこうき】


ドクターは人と関わるのが苦手すぎて、結局密かな想いを胸にクレアを応援してそう。
何故か失恋モノを書きがちなドククレ。しかし、幸せモノは全てクレアの性格が凄いことになります(笑)
いや、包容力がね。彼なら受け止めてくれそうでね…;;;