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けれど彼女は、時々とびきり柔らかい。



ゴムの作りモノ



意外と温和で平和主義な俺だが、この街に苦手な人間が一人だけいる。

大酒を飲み、ワガママで、おまけに良く食う。
いや、カレンでもポプリでもランでもない。
むしろその人は、彼女たちの唯一と言ってもいい欠点を凝縮して、さらにオリジナル要素をプラスしたような。(彼女はさらに乱暴で短気で、おまけに気が強いときたもんだ。)
それを他にはない個性だと言う人間もいるだろう。なぜなら彼女は、それを誤魔化すほどに綺麗な人だから。
ああ、俺だってそう思えたら、どれだけ気が楽になるだろう。


とにかく俺は、街の南の荒地を統べる、牧場主の。
クレアさんという人が、大の苦手なのだ。


日課の修行を終え、たまにはカイの家でも掃除してやるかと思い立ち、俺は海に向かっていた。
あの野郎、夏以外には興味がないらしく、家は俺に任せてどこかに放浪してやがる。
俺も俺で放っておけばいいのだが、去年の夏に(例年通り)ベッド周りに一言「ヨロシク!」とメモが残されていた以上、そんなわけにもいかない。
意外と俺は律儀なのだ。そこら辺は奴も重々承知でそんなもんを残してるんだろうが。

広場に通りかかると、俺の足は一瞬止まる。
どうして人は、苦手なものにこそ敏感なんだろう。
いっそ気付かなければいいのに、その声はするりと耳に入ってくるから不思議だ。
そう、例の彼女が、赤い風船を持ったメイを相手に何やら話しているのだ。

普通に見れば微笑ましいその光景も、彼女が、となるとただの誘拐現場にしか見えない。
俺は少し心配になり、気付かれないようにさりげなく近くに寄った。
会話の端々を拾うと、どうやらメイが自分で膨らませた風船を手に彼女に何か聞いているらしい。

「ねえ、おねえちゃん。なんでこのふうせんはおそらをとばないの?」
「ん?まぁ、中身が二酸化炭素だからじゃねぇの?」
「にさん……?」
「浮くやつは……中身何だったかな?軽い気体だから、水素だっけな?」
「ヘリウムだよ。爆発したら、危ないだろ」

この、バカ。
子供相手に何の話をしてるんだ。しかも何か間違ってるし!

見守っているつもりだったが、ついツッコんでしまった。
振り向く彼女と目が合い、早くも後悔する。

「そうだっけ?ずっと水素だと思ってたよ」
「昔はな。ていうかお前、子供に何難しいこと言ってんだよ」
「だって聞かれたから」
「分かるはずないだろう」

呆れてそう言うと、それもそうか、と彼女が笑う。ふいに見せたその柔らかい表情に、俺はどきりとした。
いつも会う酒場での彼女は非常に酒癖が悪く、暴れる所ばかり見てきた。
しかし、どうだろう。今の彼女は子供を相手に柔らかく笑っている。

実は子供好きなのだろうか。
意外だというか、何と言うか。

自分の風船が飛ばないことを知ったメイが、風船を見つめて寂しそうな顔をした。
彼女はそれを慰めるように、その顔の高さに合わせてしゃがむ。

「そうだメイ。風船はな、飛ばなくても面白いんだぞ?」
「ほんとう?」
「ウサギだとかネコだとか、お前そういうワケわかんねぇの好きだろ?」
「ウサギさん?すき!」
「よーしわかった。作ってやろうか?」
「うん!!」

メイが元気に頷くと、彼女はまた柔らかく笑う。
色々とツッコみたいことはあったが、あまりにも嬉しそうな子供の表情に、ぐっと堪える事にした。
クレアさんは早速、細長い風船を取り出して膨らまし、器用そうな指でそれをねじっていく。
風船はみるみるうちに、彼女の言うとおりウサギやネコになった。
それを感心して見ていた俺を、彼女がふいに見上げる。
予期しなかったその無防備な表情に、またどきりとする。そんな俺の心境には当然気付かないまま、彼女はメイに向き直る。

「ほれ、どうだ?」
「すごいすごい!まほうみたい!!」
「そうか。どっちかっていうと資源のムダだけどな」
「しげん?」
「所詮ゴムだよ、くだらねぇ」
「ちょ、クレアさん!」

本当に、この人は子供相手に。
しかし、ふと気付いた。

くだらないと一蹴されたメイが、それでもにこにこと笑っている。
相変わらずキラキラとした目で、更に彼女に動物をねだっている。そして、彼女は何だかんだ言いつつ、それに応えていく。
口の悪さとは裏腹に、その口元は笑っていた。


ああ、きっとこの人は。


本当の魔法でも見るかのように、楽しそうにクレアさんの指先を見つめる子供。
この子がなぜ彼女に良く懐いているのかが少し分かった。


「なぁ、グレイ」
「何だよ?」
「ヘリウムって毒ガスだっけ?」
「……」

なわけねーだろ。
感心したのも束の間、彼女の言葉に俺は閉口する。
けれど、俺が今まで感じていた苦々しい思いは、いつの間にか苦々しい笑いに変わっていた。




お題【風船】


口の悪いヒロインですみません。正直グレイの嫌いなタイプだろうなぁと思って書きました(笑)
言葉では悪く言いながらも、行動では決して拒否しない人。そういうのは子供が一番敏感に感じ取るのかなと。
つーかヘリウムて、一発芸とかで声変える奴でしたっけ?そこら辺分かんないまんまですテヘ。